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セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」へ行って来た




フォトブログで話題騒然、東京都写真美術館で開催中の(今週の日曜まで!)セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」へ行って来た。






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興味のあるジャンル「フォト・ドキュメンタリー」の先駆者であるとの触れ込みと、ネットにアップされている神秘的かつ荘厳なアフリカの作品群に魅せられ、楽しみにしていた。

会場の彼の作品は、年代によりおおよそ3つに分かれていた。
その時の感想を覚書風に書いてみる。





2 1970年代の作品
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まず現れるのが1970年代の作品。
巨匠というには程遠い、海外通信社レベル。
正直「私にも撮れるな」と思った(石を投げないで!)。
彼が写真を始めたのが1970年代初頭だから、それも仕方ないことと思う。
彼が神ではないことを知り、心からほっとした。






3 2000年代の作品
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2000年代の作品。
よくネットにアップされている神秘的かつ荘厳なアフリカの大地を捕らえた作品。
観衆が多いこともあり、近くで見ざる終えず、そのときの感想が、
「粗い」
粒子が粗くザラザラしている。
森山大道の「アレ写真」を思い出した。
アンセル・アダムス級のプリントを期待していただけに、がっくり。
比較する相手が悪いのか、そもそも大判カメラと35mmカメラを比較すること自体がナンセンスなのか、フィルムカメラやプリントについて知識のない私にはわからない。
あまりに粒子の粗さが気になったので、途中でハタと気づき、人影越しに観ることを厭わず3mくらい離れてみると、その粗さも目立たなくなった。
とはいえ、1年前の同じ場所で観た「ヴィジョンズ オブ アメリカ 第2部 わが祖国 1918-1961」展のアンセル・アダムス、ユージン・スミスらのプリントから溢れかえっていたオーラは微塵も感じられなかった。
題材、構図、光り・・・・あんなにいい写真なのに、なんでだろ?








4 1984年、1985年の作品。
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1984年、1985年の作品。
スペシャルな写真だった。
魂の写真だった。
骨と皮だけの飢えた子供。
苦悶の表情を浮かべる人たち。
そのひとたちとサルガドとの距離はない。
精神的な意味でもそうだが、絶望する人たちをすぐ目の前で撮っている。
彼は現地の人の苦悩と同化している。
この作品群を前にして、涙を浮かべている人を何人も見た。
私は埋葬される寸前の牛の皮に乗せられ布で包まれた子供の遺体の写真に打たれたが、長く見たいとは思わなかった。辛すぎる。

写真展へ行ったあと、TVのサルガド特集でこの頃の作品を彼が解説していたが、私が予想したこととぴったり同じだった。
彼曰く、
「難民と一体になっていました」
「報道カメラマンとジャーナリストとのちがいは、単にそこにいるのではなく、そこに留まることなのです」
「難民と共に数週間歩きました」
「彼らといることが喜びであらねばなりません」
撮影術に長けているだけでは、人間は撮れないのだ。
相手の心に入らねばならない。







5 1984年、1985年の作品。
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ルワンダ内戦を題材にした彼の写真を見ながら、先日テレビで観たばかりのCNNのルワンダ内戦のドキュメントの再放送を思い出し、こう思った。
「あっちのほうがインパクトがあった」
人を殺した少年兵がカメラに向かいその時のことを語っていた。
ゲリラに耳や唇を削がれた人が写されていた。
ゲリラと交渉し少女たちを連れ戻したシスターが「全員を連れ戻せなかった」とカメラの前で泣いていた。

今回のサルガドのルワンダの写真は、甘い。
展覧会用にフィルターが掛けられたのか、戦争の悲惨さからは遠い。
ドキュメントという意味ではCNNの番組に負けている。
いや、このジャンルは写真より動画のほうがメッセージを伝えるチカラは強い。
もちろん、モニターなどのツールも必要なく一瞬で出来事を垣間見せる「写真」の存在も重要だが。

サルガド、CNNなどジャーナリズムが報じたルワンダ内戦から20年以上たった現在、今だに全世界で多くの人が飢え、子供が戦火に巻き込まれている。
最近ではオバマのアフガニスタンの大掛かりな兵力増強が決まり、これで罪のないアフガン市民の死者が記録的に増えることが確実となった。
残念ながら平和ボケした先進国の人間は戦争の悲惨さを訴えるドキュメトから何も学ぼうとしないし、これからもそうだろう。
ぜいぜい涙を流し「私は優しい人間なんだ」と自己満足に浸って終わりである。
悲しいことだが、これが現実である。






さて、全てを観終えての私の感想は、
「サルガド作品は意外と印象が薄かった」
ということである。
写真展を見てから数日たってこれを書いているが、もう写真展があったことさえも忘れそうである。

1年前に観たアンセル・アダムス、ユージン・スミスらの作品は忘れようにも忘れられない。亡霊のように私の脳裏を漂っている。
そこで分析好きの私が考えるのが、
「プリントに差があるのではないか?」
ということだ。
デジタルから写真に入りプリントについてズブの素人の私でもあのプリントの異様な迫力を感じざる終えなかった。
私が一方的に写真の師匠と尊敬してやまないタスマニアのマナブさんの「写真はプリントで見なければだめだよ」と言っていたことの意味が分かったし、あの時からプライベート撮りはJPGからRAWに全面移行した。
また、写真という芸術のジャンルが持つ「武器」を初めて認識することが出来た。
それは、
「階調表現=グラデーション」
である。
これだけは、強力なライバル「動画」や「絵画」に絶対負けない。
そして「芸術」とは、そのジャンル独自の表現法を思う存分に発揮したときに最高の光を放つように出来ているようだ。

サルガドの作品はその階調表現がうまくいっていない気がした。
それはモニター画面や印刷ではわからないが、プリントでは如実に現れていた。
そのことがプリントを目の前にしたとき、オーラを感じられない原因ではないだろうか。

とはいえ、これはあくまで「私がサルガド作品にあまり感じなかった理由」の「仮説」である。
本当のことはまだはっきりしないし、プリントに関する私の意見も識者から観たらお笑い種かも知れない。
ご意見求む。


最後に、身の程知らずの拙文のせめてもの償いとして、11月29日放送のNHK教育テレビ・日曜美術館「極限に見た生命の美しさ~写真家セバスチャン・サルガド~」から彼の言葉を掲載する。



「シャッターはどんな瞬間に押すのですか?」との問いに。

待たねばなりません。そこにいなければならない。30秒すると(その光りは)ほとんど消えていました。

光りは豊かな国にだけ存在するわけではありません。

劇的な悲劇や美しさは写真家が作り出すものではありません。そこにあるのです。
そこに尊厳を見出し、敬意を持って撮るだけなのです。







6 その30秒だけの光を捕えた作品
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アフリカの難民について。

周りの人と協調しあって生きています。

どんな極限にあっても生きる豊かさがあるのです。

こんな悲惨な状況でも人々は誰かが死んだら泣くのです。





日本の写真学校で若い生徒たちとその作品を前にしたワークショップから。

このように撮ったらスーパーチャンピオンだ!(両手を振り上げて褒めている)

この写真はただのインフォメーションに過ぎない。

あなたが(被写体に)興味あることを示さなければならない。





生徒が語るサルガドのアドバイス。

被写体は面白いのに構図がなってない。画面の四隅を意識しなさい。

君は心の中から被写体を尊敬しなければならない。まだ遠い。人と向き合っていない。






おわり








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セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」
* 会場:東京都写真美術館 2階展示室
* 住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
* 会期:2009年10月24日~12月13日
* 時間:10時~18時(木曜、金曜は20時まで、入館は閉館の30分前まで)
* 休館:月曜日(ただし11月23日は開館、翌24日休館)
* 入場料:一般800円、学生700円、中高生・65歳以上600円



セバスチャン・サルガドとは - はてなキーワード より抜粋
ブラジル人写真家。
1944年ブラジル生まれ。現在パリ在住。
ブラジルの大学で法学、農学を学び、米国で経済学修士号を取得。ブラジル大蔵省勤務。60年代、軍事政権の圧力を受けフランスへ。パリ大学で農業経済学の博士課程を修了。その後、仕事でアフリカの調査をはじめたときに写真に興味を持ち、撮りはじめる。79年、キャパ等一流の報道写真家が集まる写真家集団マグナムの会員候補になり、84年正会員。96年脱退。





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by Photobra7 | 2009-12-08 20:04 | 写真展 | Comments(7)
Commented at 2009-12-08 21:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by somashiona at 2009-12-08 23:08
いいよなぁ〜、こういうのが見れるって。
サルガドはライカにコダックを入れてかなり増感してISOをせっていしているはず。僕は彼の粒子の粗い写真が好き。彼の写真が感度の低いフィルムやミディアムフォーマットのカメラで撮られていたら、なにか違ったものになり、サルガドのあの味が消えると思う。サルガドは悲惨な絵を撮りたい写真家じゃない。死より苦しい環境の中での生に眼がいくタイプなのだと思う。サルガドとまったく逆のタイプがジェームス・ナクトウェイかな。彼の写真をみてブラちゃんがどう思うか聞いてみたい。戦争は悲惨だけど、そのインパクトだけが戦争を伝えるメッセージじゃないと思う。ロバート・キャパも悲惨を撮る戦争フォトグラファーじゃなかった。
Commented by Photobra7 at 2009-12-08 23:38
>マナブさん

>いいよなぁ〜、こういうのが見れるって。

ほんと、改めて東京はすごいと思います。
古今東西、世界中の芸術に触れることが出来ます。
濃すぎて鼻血ぶーですw


>ライカにコダックを入れてかなり増感してISOを

専門的な補足ありがとう!

>サルガドのあの味が消えると思う。

なるほど。
私には合わなかったのかな~

>サルガドは悲惨な絵を撮りたい写真家じゃない。

そうですよね。
それだとCNNとバッティングしない。
しかし、一方で、「撮っているはず」とも思います。

>死より苦しい環境の中での生に眼がいくタイプなのだと思う。

サルガド自身、口にしているし、彼の写真からそれがいやというほど伝わりますよね。
そのテーマの徹底がハンパじゃない。
やはり、アーティストはテーマを持たなきゃ・・・・俯き加減で・・・・

下に続く
Commented by Photobra7 at 2009-12-08 23:38
>マナブさん

上からの続き

>ジェームス・ナクトウェイ

知らなかったので画像検索かけました。
すごい画像出てきますね。
そんな作品の感想は単純に「痛々しい」ですね。
あと、視線が冷徹ですね。
これは彼の性格が冷たいとかいう意味でなく、
「この写真を見るあなたが判断して下さい」
て感じ。

>戦争は悲惨だけど、そのインパクトだけが戦争を伝えるメッセージじゃないと思う。

なるほど。

>ロバート・キャパも悲惨を撮る戦争フォトグラファーじゃなかった。

そうなんだ~。
Commented by tes_music_system at 2009-12-09 08:06
モノクロームの写真を見る時に、階調とか黒のしまりとかと言って見ている人たちが多いと感じる?!
私はその意味が良く分からないから・・・でも、あれだけ大きい画面にしたら、多少は粗くなるのも仕方ないかもね?!
アンセル・アダムスも素晴らしかったけど、サルガドはそれ以上に感動した!!!
だって会場内では、誰もが無駄口をきいていなかったもの・・・!!!(笑い)
私は、もう一度上京して観に行こうとも思っているよ?!(笑い)
Commented by Photobra7 at 2009-12-09 18:37
>親分

>モノクロームの写真を見る時に、階調とか黒のしまりとかと言って見ている人たちが多いと感じる?!

私の場合は逆ですね。
「いい」と思って分析したら階調があった、て感じです。

>私は、もう一度上京して観に行こうとも思っているよ?!(笑い)

惚れ込んでますね。
芸術は合う合わないの世界で、こればかりはどうしようもないですね。
多分、これからの人生でも惚れ込むまでにいたる写真家はごく少数だと思います。
Commented at 2009-12-13 09:04
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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