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カテゴリ:写真展( 10 )

予告・アート展






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ご心配おかけしました愛猫たわちゃん。
元気になりました。
しかし、左目がまだ見えません。

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by photobra7 | 2011-02-11 17:18 | 写真展 | Comments(2)

遅れてきたジャンルー・シーフ展

「荒淫矢の如し」と書いたのは「週刊ポスト」最新号で沖縄独立論をぶった私のナンバーワン作家筒井康隆だが、余裕で会期中にアップ出来ると思っていた恵比寿写真美術館のジャンルー・シーフ展、一ヶ月も前に終わっていた(泣)。
歳を取るにつれ時の流れは加速を増していく。あな怖ろしや。

で、今回の写真展だが、はい、ここで皆さん、当ブログ写真展記事恒例のあの一言を!

さん、はい!!
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by photobra7 | 2010-06-07 16:29 | 写真展 | Comments(8)

2大巨匠の謎を解く1/2 ~「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋 のまなざし」展~

先日まで東京都写真美術館で開催されていた「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし」展の感想を書く。
実は閲覧直後に書いたのだがノリにノッて4千字を超えたので「短く書き直さねば」と考えている内に時間が過ぎてしまった(ブログの長文なんてよっぽど優れてないと誰も読まない)。
ちなみに、両者はストリートスナップにおける東西の神様みたいな存在で、じっくり二人のプリントを観るのはこれが初めて。





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by Photobra7 | 2010-02-19 11:55 | 写真展 | Comments(6)

セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」へ行って来た




フォトブログで話題騒然、東京都写真美術館で開催中の(今週の日曜まで!)セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」へ行って来た。






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興味のあるジャンル「フォト・ドキュメンタリー」の先駆者であるとの触れ込みと、ネットにアップされている神秘的かつ荘厳なアフリカの作品群に魅せられ、楽しみにしていた。

会場の彼の作品は、年代によりおおよそ3つに分かれていた。
その時の感想を覚書風に書いてみる。





2 1970年代の作品
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まず現れるのが1970年代の作品。
巨匠というには程遠い、海外通信社レベル。
正直「私にも撮れるな」と思った(石を投げないで!)。
彼が写真を始めたのが1970年代初頭だから、それも仕方ないことと思う。
彼が神ではないことを知り、心からほっとした。






3 2000年代の作品
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2000年代の作品。
よくネットにアップされている神秘的かつ荘厳なアフリカの大地を捕らえた作品。
観衆が多いこともあり、近くで見ざる終えず、そのときの感想が、
「粗い」
粒子が粗くザラザラしている。
森山大道の「アレ写真」を思い出した。
アンセル・アダムス級のプリントを期待していただけに、がっくり。
比較する相手が悪いのか、そもそも大判カメラと35mmカメラを比較すること自体がナンセンスなのか、フィルムカメラやプリントについて知識のない私にはわからない。
あまりに粒子の粗さが気になったので、途中でハタと気づき、人影越しに観ることを厭わず3mくらい離れてみると、その粗さも目立たなくなった。
とはいえ、1年前の同じ場所で観た「ヴィジョンズ オブ アメリカ 第2部 わが祖国 1918-1961」展のアンセル・アダムス、ユージン・スミスらのプリントから溢れかえっていたオーラは微塵も感じられなかった。
題材、構図、光り・・・・あんなにいい写真なのに、なんでだろ?








4 1984年、1985年の作品。
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1984年、1985年の作品。
スペシャルな写真だった。
魂の写真だった。
骨と皮だけの飢えた子供。
苦悶の表情を浮かべる人たち。
そのひとたちとサルガドとの距離はない。
精神的な意味でもそうだが、絶望する人たちをすぐ目の前で撮っている。
彼は現地の人の苦悩と同化している。
この作品群を前にして、涙を浮かべている人を何人も見た。
私は埋葬される寸前の牛の皮に乗せられ布で包まれた子供の遺体の写真に打たれたが、長く見たいとは思わなかった。辛すぎる。

写真展へ行ったあと、TVのサルガド特集でこの頃の作品を彼が解説していたが、私が予想したこととぴったり同じだった。
彼曰く、
「難民と一体になっていました」
「報道カメラマンとジャーナリストとのちがいは、単にそこにいるのではなく、そこに留まることなのです」
「難民と共に数週間歩きました」
「彼らといることが喜びであらねばなりません」
撮影術に長けているだけでは、人間は撮れないのだ。
相手の心に入らねばならない。







5 1984年、1985年の作品。
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ルワンダ内戦を題材にした彼の写真を見ながら、先日テレビで観たばかりのCNNのルワンダ内戦のドキュメントの再放送を思い出し、こう思った。
「あっちのほうがインパクトがあった」
人を殺した少年兵がカメラに向かいその時のことを語っていた。
ゲリラに耳や唇を削がれた人が写されていた。
ゲリラと交渉し少女たちを連れ戻したシスターが「全員を連れ戻せなかった」とカメラの前で泣いていた。

今回のサルガドのルワンダの写真は、甘い。
展覧会用にフィルターが掛けられたのか、戦争の悲惨さからは遠い。
ドキュメントという意味ではCNNの番組に負けている。
いや、このジャンルは写真より動画のほうがメッセージを伝えるチカラは強い。
もちろん、モニターなどのツールも必要なく一瞬で出来事を垣間見せる「写真」の存在も重要だが。

サルガド、CNNなどジャーナリズムが報じたルワンダ内戦から20年以上たった現在、今だに全世界で多くの人が飢え、子供が戦火に巻き込まれている。
最近ではオバマのアフガニスタンの大掛かりな兵力増強が決まり、これで罪のないアフガン市民の死者が記録的に増えることが確実となった。
残念ながら平和ボケした先進国の人間は戦争の悲惨さを訴えるドキュメトから何も学ぼうとしないし、これからもそうだろう。
ぜいぜい涙を流し「私は優しい人間なんだ」と自己満足に浸って終わりである。
悲しいことだが、これが現実である。






さて、全てを観終えての私の感想は、
「サルガド作品は意外と印象が薄かった」
ということである。
写真展を見てから数日たってこれを書いているが、もう写真展があったことさえも忘れそうである。

1年前に観たアンセル・アダムス、ユージン・スミスらの作品は忘れようにも忘れられない。亡霊のように私の脳裏を漂っている。
そこで分析好きの私が考えるのが、
「プリントに差があるのではないか?」
ということだ。
デジタルから写真に入りプリントについてズブの素人の私でもあのプリントの異様な迫力を感じざる終えなかった。
私が一方的に写真の師匠と尊敬してやまないタスマニアのマナブさんの「写真はプリントで見なければだめだよ」と言っていたことの意味が分かったし、あの時からプライベート撮りはJPGからRAWに全面移行した。
また、写真という芸術のジャンルが持つ「武器」を初めて認識することが出来た。
それは、
「階調表現=グラデーション」
である。
これだけは、強力なライバル「動画」や「絵画」に絶対負けない。
そして「芸術」とは、そのジャンル独自の表現法を思う存分に発揮したときに最高の光を放つように出来ているようだ。

サルガドの作品はその階調表現がうまくいっていない気がした。
それはモニター画面や印刷ではわからないが、プリントでは如実に現れていた。
そのことがプリントを目の前にしたとき、オーラを感じられない原因ではないだろうか。

とはいえ、これはあくまで「私がサルガド作品にあまり感じなかった理由」の「仮説」である。
本当のことはまだはっきりしないし、プリントに関する私の意見も識者から観たらお笑い種かも知れない。
ご意見求む。


最後に、身の程知らずの拙文のせめてもの償いとして、11月29日放送のNHK教育テレビ・日曜美術館「極限に見た生命の美しさ~写真家セバスチャン・サルガド~」から彼の言葉を掲載する。



「シャッターはどんな瞬間に押すのですか?」との問いに。

待たねばなりません。そこにいなければならない。30秒すると(その光りは)ほとんど消えていました。

光りは豊かな国にだけ存在するわけではありません。

劇的な悲劇や美しさは写真家が作り出すものではありません。そこにあるのです。
そこに尊厳を見出し、敬意を持って撮るだけなのです。







6 その30秒だけの光を捕えた作品
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アフリカの難民について。

周りの人と協調しあって生きています。

どんな極限にあっても生きる豊かさがあるのです。

こんな悲惨な状況でも人々は誰かが死んだら泣くのです。





日本の写真学校で若い生徒たちとその作品を前にしたワークショップから。

このように撮ったらスーパーチャンピオンだ!(両手を振り上げて褒めている)

この写真はただのインフォメーションに過ぎない。

あなたが(被写体に)興味あることを示さなければならない。





生徒が語るサルガドのアドバイス。

被写体は面白いのに構図がなってない。画面の四隅を意識しなさい。

君は心の中から被写体を尊敬しなければならない。まだ遠い。人と向き合っていない。






おわり








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セバスチャン・サルガド写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」
* 会場:東京都写真美術館 2階展示室
* 住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
* 会期:2009年10月24日~12月13日
* 時間:10時~18時(木曜、金曜は20時まで、入館は閉館の30分前まで)
* 休館:月曜日(ただし11月23日は開館、翌24日休館)
* 入場料:一般800円、学生700円、中高生・65歳以上600円



セバスチャン・サルガドとは - はてなキーワード より抜粋
ブラジル人写真家。
1944年ブラジル生まれ。現在パリ在住。
ブラジルの大学で法学、農学を学び、米国で経済学修士号を取得。ブラジル大蔵省勤務。60年代、軍事政権の圧力を受けフランスへ。パリ大学で農業経済学の博士課程を修了。その後、仕事でアフリカの調査をはじめたときに写真に興味を持ち、撮りはじめる。79年、キャパ等一流の報道写真家が集まる写真家集団マグナムの会員候補になり、84年正会員。96年脱退。





「人と向き合っていない」の言葉がこたえた私に慰めのクリックを!

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by Photobra7 | 2009-12-08 20:04 | 写真展 | Comments(7)

土門拳記念館訪問記 ~画像27枚と共に~


10月のことだが、近くで撮影の仕事があったので、この機会にと土門拳記念館(酒田市写真展示館)へ行ってきた。



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土門拳はいわずと知れた日本写真界きっての巨匠。
彼の功績を称え彼の故郷山形県酒田市に建てられたのがこの記念館である。
インフォメーションには「日本最初の写真専門の美術館」「個人の写真記念館としては世界でも唯一のもの」「土門拳の全作品 約70,000点を収蔵」と書かれてある。
建物は自然公園の中の大きな池の側に建っている。
この日は晴天だったので、緑と水に囲まれた記念館が見えると清清しい気持ちになった。




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420円を払い20キロ近い撮影機材をフロントに預けて記念館に入ると「日本の自画像 写真が描く戦後 1945-1961」なる特別展が広いスペースで開催されていた(この記事アップ現在、終了しました)。
すぐに土門拳の作品が現れると思っていたので肩透かしを食らった。




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終戦後の日本を捉えた写真家は、石本泰博、川田喜久治、木村伊兵衛、田沼武能、東松照明、土門拳、長野重一、奈良原一高、濱谷浩、林忠彦、細江英公。






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どの写真家の作品がどうというより、写真群全体から異様な迫力が漂う。
くたびれた軍服を着た帰還兵。
街で生きる埃まみれの戦争孤児たち。
進駐軍兵士と腕を組む若い日本女性・・・・。






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そんな写真を前にして考える。

「この時代に写真を撮ったら、誰でも迫力ある写真が撮れるのではないか」
「しかし待てよ。やけに整理された構図だ。写真家のレベルが高いのではないか」

そして今思うのが、

「被写体、写真家を含め、時代が生んだ作品」

ということだ。
芸術作品は「時代」が作品に憑依すると異様な迫力を放つ。
音楽でいえばビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」、マイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」。
単純明快な時代から複雑怪奇な時代への人類レベルの大きな変換期に現れ、見事にその時代が憑依した神がかり的アルバムだ。





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奥に進むと、ひっそりと土門拳記念室が現れた。
「やっと土門拳の作品に浸れる」
と思い中に入ると、展示品の少なさと簡素な展示の仕方にまたもや肩透かし。






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土門拳。
一度に多くの作品に触れるのは初めてだ。
それまでは好きでも嫌いでもなく「へえ、巨匠なんだあ」といった極めて写真に興味のない一般人レベルの感想と興味しか持ち合わさなかった。
そして記念室で彼の写真群を見終えた後も、そしてこれを書いている今もその感想は変わらない。
これは、決して彼を評価していないわけではなく、一言で言えば、
「今の私には関係ない」
ということだ。






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若い頃から「これこそ日本の美」と個人的に決めたものが3点ある。


富士山。
ゼロ戦。
王の打撃フォーム。


奇想天外な組み合わせだが、別に奇をてらったわけではない。
この三つには共通するものがあるのだ。
それは、



シンプル、ビューティフル。



まざりっ気のない美。
無駄のない美。
しかし、私とは関係の無い美・・・・。
土門拳にもそれを感じる。



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ゼロ戦は第二次世界大戦開戦当初、世界水準のはるか上をいった傑作戦闘機なのだが、時を同じくしてイギリスにも名機が現れていた。
それがスーパーマリン・スピットファイア。
ナチスの手から本土を守ったと讃えらるイギリスの守り神だ。

世界のホームラン王・王貞治と比較できる打者は極めて少ないが、その中の一人に王を抜く史上最多の三冠王三回を取った現中日監督の落合博満がいる。






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実は、スピットファイアのデザイン、落合の打撃フォームが大好きだ。
両者に共通するのが、人間臭さ。
スピットファイアには「優雅であれ」とする設計者の想いが、無駄を排除しなければならない戦闘機設計にあってどうしようもなく噴出してしまっている。
落合のフォームは人間臭い。これは例えば高校時代に野球部に馴染めず殆ど野球から遠ざかっていたというエピソードに象徴される彼の途方もなくアウトローな生き方が現れているのではないか。





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ここで何を言いたいかというと、私は無駄を排除した表現が苦手で、どこからか人間臭さが漂う表現が好きだ、ということである。
土門拳の作品には「富士山、ゼロ戦、王の打撃フォーム」に共通したものを感じ、距離を置いてしまうのだ。

富士山?
さすがに人間臭い形の山なんて知らない。






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最後に触れて置きたいのが、建物。
画像でご覧のとうり、外観も内部もかなりユニークだ。
いかにも現代建築という作りだが、その手の建築物にありがちな人を拒絶する冷たい雰囲気のないところが気に入った。
スタッフの話によると「建築関係の人が度たび見学に訪れる」とのこと。

建物が綺麗なので築が浅いのかと思ったらそうではなかった。
1983年築。
管理が行き届いているのだろう。
スタッフの対応の良さからもそれが窺えた。
写真に興味がある方は、近くに来たさいはぜひこの土門拳記念館に足を伸ばされることをお勧めする。









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土門拳記念館ホームページ




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by Photobra7 | 2009-11-30 19:17 | 写真展 | Comments(7)

ゴーギャンへの旅


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我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか | ポール・ゴーギャン | 1897年 | 139×374.5cm



「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」


なんというタイトル!
この一文で人類未来永劫のテーマが全て提示されてしまっている。

ゴーギャン。
彼のエッセイ「ノアノア」を読んで「100年前に既に現代文明を批判している人がいたんだ!」とバブル真っ盛りな中、高校の卒業文集に「高校とは、大事なものの脱衣場。数を増す技術だけ身につけて」と書いたほど当時から現代文明に背を向けた私が感嘆してから20数年。
やっとこの巨大な作品に向かい合うことが出来た。

ゴーギャンが自害を決め、全精力を傾けて現代文明の闇をも描こうとしたこの作品を展示している部屋に入った瞬間、思わず「すげえ」と声を漏らしてしまった。
人が前にたくさん立っていたり斜めの角度だったり遠かったりでよく見えなかったのだが、オーラは確実に伝わってきた。

人の群れの後ろからずっと観てると涙が滲んで来た。
なぜか、この部屋にはお香のようなすえた匂いが立ち込めていた。
係員に聞いたら「そんな演出はしていません。でも・・・匂いますね」と首を傾げた。

会場を出てグッズ売り場で物色していたら、じんわり涙が滲んで来た。

今回は絵画鑑賞ではなく、20年に及ぶ私のゴーギャンへの旅だったのかも知れない。




ゴーギャンは変わらなかった。




私も変わらない。







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《我々はどこから来たのか》作品解説 | ゴーギャン展 2009




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by Photobra7 | 2009-08-20 16:11 | 写真展 | Comments(6)

親分と写真とブルースと

人の手を通したものには、多かれ少なかれフィクションが入っています。
皆さん、写真展で断りもなしに写真を撮ってはイケマセンw
これ、前記事の補足ですw

さて、前回記事に出てきた親分とは、たびたびこのブログにコメントを入れて下さる写真ブログ「Bluesが聞こえるような写真が撮りたくて・・・」のKashinさん(tes_music_systemさん)のことです。もちろん杯を交わした舎弟関係ではありませんw
私が歌舞伎町のスナップを盛んに撮っていた頃、彼が私を光栄にも「新宿鮫」と読んで下さったので返礼として、彼のコメントや記事から感じられる度量の大きさから彼を「親分」と呼ばせて頂くことになったのです。私はまだコバン鮫クラスですが。

で、その親分の写真がJPS展に入選したので、昨日東京恵比寿の「東京都写真美術館」で開催中の「JPS日本写真家協会展」へ観に行ったという次第です。






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「入選昨はブログとテーマはちがうのかな?」という興味があったのですが、ブログと同じでした。
河の底に沈む朽ちた自転車。
まさしく「Bluesが聞こえるような写真」です(下の画像では自転車がよく見えないのが残念。ぜひ会場で!)。






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加藤眞一(親分)「Economy or Ecology」







今の世の中、親分の視点はすごく大切だと感じています。
敗者、弱者に目を向ける視点です。
昔は、写真という表現手段が、例えば「釜ヶ埼」で有名な井上青龍氏の作品のように「弱者へ人々の目を向けさせる手段」として立派に機能していたような感じを受けます(余談ですが、青龍氏の未亡人井上治子さんは関西時代の私の飲み友達でした。その時は全く写真に関心を持っていなかったので、今思えば不思議な感じです。)






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井上青龍「北帰行」より







しかし現在、写真は現代という名の「氷の上で開くパーティ」のパーティだけを写し取っているだけにしか感じられません。いつ割れるかも知れない氷の危うさを写し取ろうとしている写真家て今、いるのでしょうか?
また、いたとしても、写真界の中でひとつの勢力となり得ているのでしょうか?
それとも私がただ勉強不足なだけなのでしょうか?
いや、写真だけではなく、他の表現ジャンル全て、例えばロックにもそれを痛切に感じます。
弱者を顧みることなくパーティ気分で浮かれた演技を続ける人々・・・・そんな現代人の一員に「表現者」もなり下がっているのではないでしょうか?

では、私はどうなのか?
実は今の私は、「世間的に醜い」とされる被写体、例えばホームレスやゴミ箱などにカメラを向けることは滅多にありません。
「醜」を「美」に変えるにはまだ力不足であることを痛感しているからです(もちろん、ここでいう『醜』とは本質的な意味の『醜』ではなく表面的な意味の『醜』です)。

私には「『表現』というフィルターを通す限り『醜』を『美』に転化させなければいけない」という脅迫観念があるので、世間的な「醜」に今はカメラを向けられないでいるのです。
しかし、いつか「醜」を「美」に転化させる写真を撮りたい、と強く思っています。
その意志は、前ブログ「Photobra Blog」において、はじめてD300でブログにアップする写真の被写体を電車の中にいたホームレス風の老人にすることによって拙いながらも表明したつもりです。






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Photobra「見つめる」







「醜」を「美」に転化させる写真・・・・例えばユージン・スミス氏の『水俣』の工場から出た毒に犯された子供を抱く母親の写真の足下に少しでも近づける写真をいつしか撮れたら、と思っています。
写真の代わり、というわけではありませんが、平和を訴える記事や弱者をないがしろにする現代への批判記事を、時折り文章としてこのブログにアップしています。
そんな、ブログを通しての啓蒙活動は5年近くも続いていて、ライフワークになっています。






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ユージン・スミス「水俣・トモコとお母さん」







親分のブログを見て頂けるとわかりますが、彼のブログの題材は「醜」がほとんどです。
捨て去られた物たち、忘れ去られた物たち、朽ちた果てた物たち・・・・・。
彼のブログに出会った1年前は、それらの写真を観ても今ひとつぴんと来ませんでした。
しかし、1年間その写真たちを見続けていると、「写真からのオーラ」みたいなものを感じるようになりました。

私はこれまで「作品だけが芸術だ。作品だけで芸術の善し悪しを判断すべきだ」と固く考えていましたけど、最近、実際に会ったりブログを通じたりして画家増山麗奈さんの日常的に行われている平和への取り組みやライヴパフォーマンスを見ていると「いや、生き方そのものが芸術、その人の表現に対する姿勢そのものが芸術、そしてそれがストーリィとして作品に内包されオーラとなって観る者に伝わることもあるのでは?」という思考が沸いてきました。






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増山麗奈「眠れる森の姫達」







きっと、親分の「Bluesが聞こえるような写真が撮りたくて・・・」というタイトルそのままの写真に対する姿勢から生まれるオーラが、私のみならず審査員にも伝わったからこその今回のJPS展の受賞ではないでしょうか。

親分のブログから、彼が写真展に足げく通ったり、レベルの高い写真家グループに入って厳しい指導を受けたりして、切磋琢磨している様子が伝わって来ます。
コバン鮫が僭越ながら言わせて頂くと、これからが楽しみな写真家でもあります。

みなさんもぜひ、親分のブログへ足をお運び下さい。
そして、はじめは受け入れられなくても、一ヶ月くらいは辛抱して毎日アップされる彼の写真を見続けて下さい。
私が感じたオーラを感じるかも知れませんよ。






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Photobra「風車と親子 ~東京写真美術館前にて~」






第34回 2009JPS展
5月23日(土)-6月7日(日)
東京都写真美術館にて
第34回 2009JPS展|東京都写真美術館

入選についての記事│Bluesが聞こえるような写真が撮りたくて・・・
エロティシズムから来る圧倒的な迫力にびっくらこいた作品(一番下の2枚)│Bluesが聞こえるような写真が撮りたくて・・・

2009JPS展 入賞・入選者|社団法人日本写真家協会WEB SIT

東京アンデパンダン展始まる 不眠症の人に向けたアート|増山麗奈の革命鍋!

D300への道15 最終回 見つめる|Photobra Blog
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by photobra7 | 2009-05-29 03:18 | 写真展 | Comments(11)

写真展破り

私は堂々とした足取りで写真展の会場を奥へと進む。
と、ある写真の前で立ち止まり、首から下げたカメラを構え、その写真に向けシャッターを切る。
「JPS」と書かれた名札を付けた係員が飛んできて、声を荒げる。
「写真撮影禁止です!」
私はそれに構わず何度かシャッターを切った後、彼に向き直り、押し殺した口調でこう告げる。
「この写真を撮られた方と私は親分子分の杯を交わした仲だ。お前に口を挟まれるいわれはない。失せろ」
私は凍り付いたままの係員をその場に残し、会場の出口を目指し歩き始める。
彼の視線を背中で感じながら・・・・。



親分、入選おめでとう!



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つづく
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by photobra7 | 2009-05-28 01:22 | 写真展 | Comments(4)

照沼ファリーザ写真展「食欲と性欲」を画像11枚で

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新宿ゴールデン街のギャラリーバー『tomorrow』にて。
19日まで。

照沼ファリーザのワンダーランド☆
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by photobra7 | 2009-05-19 01:24 | 写真展 | Comments(0)

観るとき観れば観る観ろミロ?ミロ飲む?ビーナス?

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by photobra7 | 2008-12-13 00:38 | 写真展 | Comments(0)