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Angry Young Man ~沖縄慰霊の日~

67年前の昨日、6月23日を日本軍司令官の自決をもって沖縄戦終結の日とし、沖縄県は「慰霊の日」と名付け公休日とした。
この日のもようを現地で撮った画像21枚でお伝えしつつ、私の沖縄戦への想いも綴ります。
ぜひ最後までご覧下さい。



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挨拶の後、記者会見を受ける野田首相。
写真は全てBravoが撮影。








沖縄戦は開戦からわずか3ヵ月の間に日米両軍と一般人を合わせ20万人が戦死した激戦中の激戦だった(1日に2千人以上が死んだことになる)。
その内の半数は一般の沖縄県民で、県民の4人に1人が戦死した(県民の戦死者数には諸説あり)。







02
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ここからは時系列で。
会場前の交差点で騒ぎが。






03
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車両にTPP反対の文字。
右端の警官は笑っており、緊迫した雰囲気はない。
今回、抗議活動を見たのはこれっきりだった。
もっとあるかと思ったが肩透かし。
もっと怒ってもいいと思うぞ。



多くの市民を巻き込んだだけでも沖縄戦は悲惨だが、それに加え人類史上稀に見る残虐行為が行われたことを我々は忘れてはならない。
それは味方であるはずの日本軍による市民の虐殺だ。
沖縄の南部にはガマ(洞窟)が多いが、そこへ避難した市民に対し後から来た日本兵たちは、銃弾や爆弾が雨のように降る外へ追い出したり、ガマ内で赤ん坊が泣くと「米兵に見つかる」として射殺したり母親に殺させた。
他には、スパイ容疑の濡れ衣を着せて市民を殺したり、「米兵に捕まると強姦や残虐なことをされる」と嘘を市民に教え集団自決に追い込んだりしだ。
味方軍による市民の虐殺。
人類史上、私は他に例を知らない。





04
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会場に入るとあっちこっちでピクニック風景が(汗)
ウチナー(沖縄県人)は墓の前で親族が集まり宴会を開く風習がある。
慰霊の現れなのだろうか?




05
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典型的な沖縄のオバア(お婆さん)。
きっと戦争の体験者だろう。




今から20数年前の沖縄旅行で、今回の会場そばにある沖縄県立資料館(現在の沖縄県平和祈念資料館の前身)へ行き、私はショックを受けた。
そこには戦争体験者の生なましい手記が多数開示されていた。
その手記は本になっていて台の上に置かれ、誰でも読めるようになっていた。
その本は開くと肩幅くらいある大きさで、字も大きく、目の悪い老人でも読めるようになっていた。
今となってはその後に知った体験談と錯綜して具体的な内容は覚えていない。
「屍だらけの大地を歩きながら『私も早く死にたい』と願う少女」「頭を吹き飛ばされた赤ん坊をそうとは知らず背負っている母」というエピソードはたくさんあり、それも記されていた筈だ。
そのとき受けたショックは一過性のものではなく、私の精神の奥底にしまわれ今までずっと私に影響を与えていたように思う。
イラク反戦活動や反原発運動にチカラを入れたこととも無関係ではない気がする。




06
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挨拶をする野田首相。
原稿棒読みで平和を訴えられても何も伝わってこない。
そして、肝心なところで2度噛んだ。
心がこもってない証拠である。






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首相の挨拶を聞く人たち。






08
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挨拶が終わっても拍手はなかった。
しかし、ロープでしきられた一般立ち入り禁止の招待席からは拍手が起こった。
複雑かついやな気分になった。





私の母親は沖縄出身で今も健在だ。
その70過ぎた母親は戦時中は子供で、祖母の手に引かれヤンバルの山の中へ逃げて助かった。
那覇に住んでいた祖母がもし北のヤンバルではなく、日本軍が南下して激しい戦場となった南部に逃げていたら命はなかったかも知れない。
そうなると、私もこの世に存在しないことになる・・・・。
ちなみに祖父は兵隊にとられ、戦地へ向かう船が撃沈されて戦死した。






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琉球新報から号外が出た。ハヤッ!
遅れて沖縄タイムスからも。
沖縄で新聞といえばこの2紙。







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メディアの中継車たち。






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険しい顔のSP(左)。
そこらじゅうにSPがいた。
私はある理由でこの連中がマヌケだと知ってしまった。
理由はここに書けないけど。




私は堅苦しいことの嫌いな、いつも遊びほうけていたいなまくらな人種だが、唯一信条といえるものがあるとしたら、

「殺されたくない、殺したくない、殺している人がいるとヤメろと言いたくなる」

である。
ようするに、戦争反対だ。





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式典が終わり退場する首相。






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すぐに首相をメディアが囲み会見が始まる。







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20代の時に「一生Angry Young Man(怒れる若者)を貫きとおす」と決めた。
世間を見渡したとき、あまりにも社会の不正に対して怒るひとが少ないと感じたからだ。
「では私が怒って社会のバランスを取ってやろう」と思った。
Angry Young Man、私の好きなビリー・ジョエルの曲のタイトルで、その歌詞の中で怒れる男の滑稽さが冷静な視点で描かれている。
そう、Angry Young Manは決してカッコいい人物ではないのだ。
歌詞の最後は、

「彼は“怒れる老人”として最期を迎えることになるだろう」







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式典が終わった後は一般の焼香が始まる。







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いい絵を撮ろうと殺到するメディア。
正面へ回り込んだカメラマンたちに「正面から撮るなっ!!」
と参列者から物凄い怒号が飛んだ一幕も。
カメラマン諸氏はおずおずと退散した。
私はブライダル撮影の経験から「そこはマズいだろうな」と離れていたので問題なし。






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祭壇の中央には巨大な位牌が。
「沖縄全戦没者之霊」と書かれている。




私もいつの間にか年老いた。
そして、福島原発事故以降は毎日怒っている。
慰霊の日も。






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焼香し、祭壇に手を合わせる女性。







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ウチナーは先祖を敬う気持ちが強い。
「子供にはちゃんと先祖を敬わせる」と私の前で自動車教習所の教官は豪語した。







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メディアもほとんどの参列者も去ったあと・・・・




民主党反対!

野田内閣反対!

県内基地移設反対!

原発再稼動反対!

消費税増税反対!

TPP参加反対!

20日の原子力基本法改悪「我が国の安全保障に資する」と核兵器への道を開いたことへ反対!






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挨拶で「悲惨な歴史を決して忘れてはならない」と言った野田首相。
原発を再稼動させておいて、どの口が言う?
「基地負担の早期軽減に全力を尽くし」
海兵隊縮小にもかかわらず辺野古移設に執着しておいて、、どの口が言う?
おい、コラッ!(怒)




この記事おわり。



ここ沖縄で本格的に仕事としての写真活動を始めることにしました。
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by photobra7 | 2012-06-24 00:59 | 平和 | Comments(2)
Commented by oikawa_12y at 2012-06-25 03:31
沖縄での出来事は、ゼッタイ忘れてはいけない出来事ですね。一度行ったことがありますが、衝撃的な事実ばかりです。
Commented by photobra7 at 2012-06-25 23:57
>oikawa_12yさん
>ゼッタイ忘れてはいけない
沖縄県人以外のかたにそう言って頂けるのはうれしいですね。

>衝撃的な事実
本当にそうですね。
戦争は悲惨です・・・・
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